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189 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/10(火) 05:04:04 ID:QI6Wy0z/
2スレ目からの続き

玄関で靴を蹴飛ばすと、家に着いた安心感からか
震えていたひざに気づく。
その瞬間、がくりとひざが音を鳴る勢いで、バランスを崩し倒れこんだ。
「オレ・・何してんだろ・・・」
かすれた声が自然に出る。
涙が出そうだった。
出てもおかしくないはずだった。でもそれは何かちがうものが自分をおさえつけて
ただ腕で目を覆った。暗闇になる。
ぐるぐると周りの音がかき消されている、いやちがう。
混ざっているんだ。セミの声も、子供の何かを叫んで笑う声も、郵便配達のカブの音も
混ざり合ってなぜだがとても眠い・・。
かすかにいい匂いがする・・。

190 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/10(火) 05:05:18 ID:QI6Wy0z/
目を開けると、いつもの白い壁紙の天井が見えた。
鴉のやる気のない「グワアーグワアー」というループしたような鳴き声が
夢心地からリアルな世界へと引きずり出した。
横には、小さなガラステーブルに、MDが雑然と散らばり、飲みかけのドリンクのガラスのコップ
が怪しい光を放っている。
バイク雑誌が、服の下で埋もれている。
大きなヘッドフォンと無数のコードが端をつたって、コンセントへつながっている。
そうだ、ここは、自分の部屋だ。
時間は、電波時計が、2006/7/21/18:42という正確な時間帯をうちだしていた。
そのとき、気づいた。オレは、玄関で寝ていたんだと気づいた。
でもなんで・・
おそるおそる1階へ降りてみると、TVの音がする。
無機質な声で、延々と話す声。NEWSかなんかか。
電気もつけずに、TVの移り変わる光が家具に反射していた。
顔をのぞかせると、テーブルの席にひとり、大きな見覚えのある後ろ姿が見える。
「おとう・・さん・・?」
その小さな声の反応に大きな体はびくりと動きこちらを向いた。
「お・・おお、ゆうきか・・」
暗く太い声だった。一言言うとまた前を向きなおってしまった。
何かコンビニ弁当かなにかを食べてるみたいだ。
話をつなげようと少し必死に話しかけようと思った。
「どうして・・きたの?」
それしか言う言葉がなかった。
「・・・・・こっちに来る用事があったんだ・・」
父はそれだけ言うと、もくもくと食べつづけた。
つながらない。言葉が。もう一生つながらないんだろうか
ついに耐え切れなくなって
「僕・・・ちょっと出かけるから・・」
と言うと、玄関のヘルメットとキーをもって、とびだした。
父は返事もしなかった。こんなに苦しいのはいつまで続くんだろうか。


191 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/10(火) 05:06:15 ID:QI6Wy0z/
TZRはぽつんといつものようにたたずんでいた。
片目耐久のアッパーカウルがギロリと遠くを見据えている。
「こいつはいつも同じか・・」
セルを回す。
「きゅるるるるる・・ん・・ぷすっ・・」
「きゅるるるるるるるる・・・・ッ」
「?」
なにかおかしい、いつもなら
「きゅるるる・・・ッスン・・」

「・・・・・・・。」
「おまえもか・・・、」
タンクのあたりを蹴飛ばすと、激しくTZRは横転した。
トクトクとなにか音が聞こえる。
ガソリンの匂いだ。
水たまりができていく。
でもそんなことはどうでもよかった。
倒れたTZRはぽかんと横たわっている。
僕は、街灯の多い駅前へ向かって走った。
人がたくさんいるところにむしょうに行きたくなった。

192 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/10(火) 05:21:21 ID:QI6Wy0z/
ジャスコの中は、やけに明るく感じた。
明るいBGMがテンポよく流れ、新しく改装された匂いを漂わせながら。
それがなにかピエロのように感じる。
とにかく家に帰りたくなかった。
本屋に向かうと片っ端から雑誌を立ち読みした。
読んでも頭から抜けて行くのは感じていた。
少し目に入った書籍がある。
「犯罪者プロファイル」
ぺらぺらとめくるとあの数年前に起きた少年が、小学生の首を切り落とし
校門に置いた惨殺な事件の解析が事細かに載っていた
凶悪な犯罪。人を殺すこと。人を殺すことに正しいことはない・・はず
本を戻す。頭がぼーっとする。なんだろ。


腕と体勢が疲れたので、本屋を後にする。
8時になって、いくところもなく、CDショップを通りすぎる。
そのとき、なぜかCDショップの壁につけられたモニターの音楽を足を止めて聞いていた。
なにかのアーティストのPVのようだ。
straightenerのThe Novemberistという楽曲らしい。
なんか懐かしく聞いたことのあるかんじがした。
もうちょっと近くで見ようとしたとき
「あっ、先輩!?」
あわててモニターの下をみると、美夏がこっちを向いて笑顔で手を振っている。
その瞬間、はっと我にかえると自分はもう走っていた。
なんで逃げたかわかんない。逃げる必要なんてない。
だけど、これが一番だって思った。
もう人と関わんないほうがいい。
誰とも会いたくない。
そんなふうに感じた。


193 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/10(火) 05:22:54 ID:QI6Wy0z/
家に戻ると、9時半を回っていた。TVの音も聞こえない。
真っ暗な部屋。どうやらもう帰ったらしい。
あたりまえか。
安堵の深いため息をつくと、1階のソファーでこんこんと深い眠りについた。
もう起き上がらないほどに。


それから僕は、何を思ったんだろう。
起き上がると、いつも昼間の2時過ぎで
ただ生きてる印のように、食べつづけ、脱力感が包みTVをつけながら、紛らわすように眠った。
今、俺は鏡で自分の顔をみたら、きっとひどい顔してるだろう。
しきりにケータイが鳴っていたが、どうせバイトからだろうと無視しつづけた。
もうこんなに休んでやめさせられているだろう。そんな常識的な考えも浮かんだ。
唯一の移動手段であるTZRは、しょうがなく知人のモーターサイクル「サクライ」に修理を出した。
おじさんが、「これはもう死んでいる・・ね・・、2万キロも走ったし、新しいの買えば?」
といわれたが、「いくらでも払うので直してください」と少しやけになりいったら、
にやりと笑って軽トラで運んでいった。

194 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/10(火) 05:24:08 ID:QI6Wy0z/
目が覚めると、今日も2時だった。なぜか起きたと同時に鳴った携帯が気になって
久しぶりに、開いてみる。
「着信履歴14件、Eメール11件」
ずいぶん溜まるものだ。
着信履歴は思ったとおり、アルバイト先からとバイト先の男友達からだった。
Eメールは、美夏からのがほとんどだった。
「今日は来なぃんですか(・ェ・`=)~??」
「なんで来ないデスかぁ・・ひとりでやれってことですかあ(Tω⊂=)」
「オーナーがやめさせちゃうって言ってますよ・・。゚゚(つД≦。)°」
すごく一言一言の文章がリアルなかんじがする。
そして先ほどきたメールを開く
「件名:先輩へ 本文:今日話があるんですけど・・5時からのバイト来てください・・」
どうしたんだろう・・さらにリアルだ。
少し行きたい気持ちもあったが、正直いまさらあのバイト先に戻っても、合わせる顔がない。
でもなんか大事そうな話だし・・
「ピーンポーン」
インターホンが鳴った。ドアホンのモニターをみると、サクライのおじさんが笑みをうかべて
たっている。・・直ったのか!?思わず久しぶりに外につながる玄関のドアを開けた

195 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/10(火) 06:05:48 ID:QI6Wy0z/
「やあー、直ったよー。直ったっていうか。全部新しいやつと交換したんだけどね・・」
久しぶりに見るTZRは、すこし太ったかんじがした。それにやけにチャンバーが大きくなっている。
キックがついている。エンジンごと変えたのだろうか。思いっきりキックをおろすと、
重い感触の後に、「テッテテテデ」という少し太い2ストのサウンドが響く。少し感動した。
メーターを160キロまで表示できるものと交換されていた。
「でもあんまり回さないほうがいいよ、振動がけっこうすごいから・・」
とおじさんが付け足す。
「これってほんとにTZRですか?」
間抜けな質問をすると、にやっと笑って
「ああ・・本物のTZRだ・・」
と告げた
「ちょっと走ってきてみい、代金は明日でいいからの」
「ぢゃ・・、いってきます!」
急いで一回部屋から戻り、着替えて、ヘルメットをとって外をでると
ちょうど帰って行くおじさんの車におじぎをした。


196 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/10(火) 06:06:30 ID:QI6Wy0z/
ヘルメットをかぶる。久しくかぶってない。この密室感。
アイドリングするTZRに乗るとやけに懐かしい感触が戻ってきた。
ワクワクするこの気持ち。初めてこいつに乗ったときの気持ち
TZRを通して、なにか自分が自分に戻りつつあるのを感じる。
閉鎖的だった自分の心に光がすこしだけこぼれるような。

発進。

クラッチがうまくつながらず、ボコついた発進となった。
だがこれは、全然今までとちがう感触。
低速のこのトルクの大きさ。つながったあとの加速。
どれも前々とはちがう。
気づくと、メーターは、90キロをゆうゆうと振り切り始めていた。
まさかボアアップ?それともギア比をいじったんだろうか・・
でもこんなには・・
そんなことを考えながらも自分が目的を持って、走ってることは知っていた。
さっきのメール。
アルバイト先のコンビニに。

197 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/10(火) 06:07:45 ID:QI6Wy0z/
とは言ってみたものの、正直、行きづらかった。
もう5時を回っている。
いまさら、いきなり「やあ!久しぶり」とかいえるキャラでもなかった。
100m前の駐車場にTZRを停めると、そこから歩いて物陰から様子をうかがった。
美夏がレジの前で、誰かと話している。見慣れないやつだ。
ああ、そうか。
「俺が休んでいる間に、もう代わりのバイトのやつが雇われたのか・・」
美夏と見知らぬ男が仲良く話してるのをみて、少しなぜだか嫌気がさしてきた。
自分でも不思議だった。もう帰ろう・・そう思ったとき
「ギュウイン!!ギュウイン!!ッテーテーデュー!」
爆音が街中に響きわたった。
「な・・なんだ!?」

198 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/10(火) 06:08:44 ID:QI6Wy0z/
その正体は、13台のNSR50とTZMだった。
トリコロールにレプソルカラーにと次々とコンビニの駐車場を占拠していく。
だがヘルメットはすべて統一されているらしく、ブラックにミラーシールドのフルフェイスを
被っている。それに、ヘルメットから垂れ下がる狐のしっぽのようなものも共通のようだ。
その集団は、ヘルメットを被ったまま、店内に入ると、美夏に手招きをした。
美夏は半強制的に、外の駐車場に出てきてた。
「おいおい・・まずいんじゃねーの・・」
と小声で影から見守る。
でも新しくオレの代わりに入ったやつがなんとかしてくれるだろう・・
と見ていると、おどおどしちゃってる。だめだこりゃ。
オーナーは、まだこの時間帯は来ていないだろう・・。
集団は美夏を少し囲っているように感じる・・どしよう

「助けられるやつがいねえ・・」

瞬時にこの状況の危機を感じる

なにか耳でハウリングしてる・・。緊張してる証拠だ。
走ってTZRの元へ走る。久しぶりに全速力で走ってるな俺。
エンジンをかけ、スロットルをぐわっと回す。
白い白煙を出して、急加速で走り始めた。

203 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/10(火) 22:19:39 ID:7luAeK/n
>>198の続き

「ヂュウウウイン、ッテッテヂュイイイイン!!(こっちをみろ!)」
オーバーにスロットルを回し、駐車場につっこむように入る。
「ギュウイインンンン!!!(やべっNに入っっちゃた!!)」
その瞬間、集団は、その音でこちらを向くしかなかった。
ヘルメットを脱ぐと、唖然としていた美夏も急に満面の笑みを浮かべた。
顔には「先輩かぁ〜、ふぁ〜。た、助かったよ〜」みたいなことを言いそうで安心してるようだった
それに答えるかのように笑みをうかべようと思ったが、そういう状況でもない。
なんかもう自分自身もすでに囲まれていた。
ここはなんとか切り抜けようと試行錯誤をくりかえし瞬時に
「あの・・イトーヨーカド−ってこっちであってますかね?」
と一般人を装い、美夏に聞いた。

204 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/10(火) 22:20:42 ID:7luAeK/n
美夏はにらみつけ続けた。
終始、自分は笑みを務めた。
「はい・・多分ずーっとあっちだと思います!」
美夏は、大げさにずっと先の方を指さした。
「ああ・・ありがとございますー」
ああやっぱ無理かと離脱しようと考えたそのとき
「ゆうじゃね?・・」
とまた懐かしい声が聞こえてきた
「へっ?」
と見てみると、奥から偉そうなやつがでてきた。
狐のしっぽを3本つけて、どかどかと服を引きずって歩く姿は
見るからに偉そうな風貌だったが、ヘルメットに手をかけ急にそいつはとると
「健治!!?」

205 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/10(火) 22:21:38 ID:7luAeK/n
「おおーやっぱりゆうじゃーん。そっかーおまえここでバイトしてたんだっけー?」
「おっ、おお・・まあ・・」
変な展開になったことにびっくりする。
まさか健治だったとは・・
ん?ということは・・
「健治、、そんでお前なにしにきたん?この集団は?」
ストレートにきいいてみる
「おおーおれさー前からチームがほしくってさー、そんでさー。。」
(早く結論を言ってほしい。)
「んでこいつはなんかかんけーしてるの?」
美夏を指差す。
「ああーこいつは、ダメだねー。なんかさー俺の悪口、言いふらしてるそうなんだよねー。最近付き合ってたやつもこいつにー何言われたかしらねーけどー、急に別れてほしいとかいうんだぜー?そりゃねーよーって感じじゃね?」
そのとき、ふと前に美夏と雑談していたときのことを思い出す。
すぐ嫌になって別れた彼氏の話。そのとき、健治がたまたまバイト先のコンビニにきて
美夏の様子がおかしかったこと。
すかさず、うつむいていた美夏を引っ張って、小さな声で話す。
「おまえ・・前言ってた楽園ベイベーのやつって健治?」
美夏は、ほんの少し動いてちょこんと頷いた。
手は若干おびえてるのか、さっきから俺の服の裾をひっぱたまま離さない。
そんな強く引っ張ると若干Tシャツ破けそうな気するけど・・
なるほど・・でもなんとなくつながった
少しふうとため息すると話しはじめた

216 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/12(木) 00:33:59 ID:Vgs5bmk7
>>205 続き

「もうここいらで許してくんね?」
「はあ〜?ダメだよ〜ゆう〜。さすがにゆうでもダメだぜ〜。無理。こっから本番なんだから!」
確かに、前からわかってた。健治はこういうやつだった。
ふざけながらも、根っから曲げないやつ。
こいつなんか前より性格悪くなってないか?・・
「いいかげんにしろ!って健治ーもう別にしょーがねーじゃん。おまえに問題があったかもしれないだろ?」
軽くあしらうかんじで言ったのがまちがいだったのか
「はあー?おまえ誰に口にきいてんの?調子のんなよ!?ええ?人殺しさん?w」

このときまたなにか途切れた音がした




217 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/12(木) 00:34:39 ID:Vgs5bmk7
「おまえ・・」
これ以上言葉が出ない
「はあ?おまえ何いまさら驚いてんだよ?俺は、斎藤健治だぜ?七野原海浜病院の医者の息子だぜ!?」
「・・・・・。」
「お前の母親の主治医、おれの親父だったんだぜ・・」
冷静だった、だけど沸々と煮えたぎるような。なにかに憑りつかれたように体がすごく
暑く感じる。
「あーしきりに言ってたぜー、他にも方法はあったのにって。最善の治療をつくせばどーにかなったって・・・・・おまえの選択が、、」

「どーすればいい・・?」

それだけ言い放った。
「ん?」
「どーしたらいいと聞いてるんだ」
「おーい、どーしたよーゆうー。キレんなってー」
「美夏はもういいだろ、」
「よくねーよー、なあもっとゆうー、楽しもうぜ?人生って一度きりなんだぜ?
 チャンスだって一度きりしかねーんだよー」
「レース・・」
「え?」
「レースしてやるよ」
「まじかよーはっはーいいねーいいこと思いつくねーさすがゆうー」
「なにかかけたりすんの?」
「その後は勝ったやつが決めるんだ」
「いいねー、そのはなし乗ったよーでもさー俺ゆうとは勝負できねーなあ」
「・・なんで?」
「えー友達じゃんかよーできねーよ、そのかわりこいつが代わりに走ってやるよ。」
驚いた。これだけ言っといてよくそんなことを。こいつはどこまで本気なんだ。
健治は近くにいるひとりのやつを指差すと、そいつは一歩前へ踏み出した。


230 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/14(土) 01:13:28 ID:nVUz3FC3
>>217続き

健治の代わりとなるライダーが姿をあらわす。
ヘルメットをしたままでもちろん顔なんてわからない。
背は俺と同じくらい。体もそんなにがっちりしていない
ヘルメット越しからこちらを睨んでるのが、なんとなくわかる。

そんな中、美夏がやけにベタベタとくっついてくる。
超密着してるらしく、美夏の胸から、ドキドキと脈打っているのが体に伝わってくる
ちらりと見てみると、いつもの1、3倍、内股で足をそわそわさせながら顔を赤らめている。
そして重く小さい声で話しかけてくる。
「ねえ・・先輩、やばいよぉ。なんでレースなんかするのぉ・・絶対ケガしちゃうよう
やっぱやーめたって言った方がいいよ。別に美夏のことは・・」
少し嬉しそうな顔してる反面困った口調で言う美夏の顔は少し愛らしく感じた。
だから、彼女の顔に近づけ早口でこう言う。
「これしかないんだよ。なっ?あいつはキレると何するかわかねーし
どうせここのバイト先には、俺は戻ってこれないし。後でなんかあっても結局変わんないだろ?」
「そ、そうだけど・・」
美夏が弱々しくうつむきながら言う。
この子の不安を蹴り飛ばしてやるために、今はできる限り俺が。俺ができることを。
「たいしたことないってー」
と今まで見せたことのない笑顔を、心からの微笑みを美夏に見せた。
それを美夏は見ると、なにか言おうと口を開いたが、何も言わず
ただ照れながら、Tシャツをさらに強く引っ張った。

232 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/14(土) 05:37:40 ID:nVUz3FC3
(どうして僕は、俺は、ここまでしてるんだろう。
正直、そもそもなんでレースなんかを。
なにを混乱してこんなことを選んだのか、もうさっきまで、正しいと思っていた言動を自分で
否定しはじめた。)




これは弱い自分だ。そう思った。確かに心の奥でこう思ってる部分もある。
だけど、いまは後悔より、なにか他のものが勝っていた。
これは、美夏のためじゃない。自分のためにもある気がする。
いや絶対そうだ。


美夏に、もう仕事に戻っていいよ。後は大丈夫だからというと、
不安げな表情でそこから動くことはなかった。
だから、背中をポンッと押してやると、
少し、ゆっくりとした歩調で、だけど思いたったのように、急に急いで店内へとかけてった。
美夏もそれなりに怖かったんだろう。
「あー、もういいー?話していいー?」
健治がけだるそうに投げかけてくる。
「あっ、ああ、うん、そろそろオーナー来るから、この駐車場から出たほうがいいと思う」
と返すと、健治はにやっと笑って


233 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/14(土) 05:38:30 ID:nVUz3FC3
「あっそう、でももうコース決まってるしー、ってか今思いついたんだけどー」
「・・?、どこだよ」
「ここから駅までレース!けってーいってかんじで」
こいつはなにを言ってんだろう
「駅まで?こんな交通量の多い駅までの公道でレースするのか!!?」
健治は、余裕たっぷりで、楽しげに言う。
「ああっ、そそっ。こんな人通りも交通量も多い道で勝負すんだよー。ただ速いだけじゃだめだろ?
テクが必要になんだろー、おもしろそーw」
こいつもうどうかしてる。
しかし、俺と戦うであろうライダーは、グローブを手につけはじめ、準備にかかっている。
まさかこいつやる気なのか。
「おおっ!いっちゃんやる気まんまんだねーw」
と健治がちゃかす。
いっちゃん?ああこいつの名前か。ふーん。
そういえば、夏なのにこいつジャージなんか着てる。
まさかこいつバイクに乗るから、こんな格好してるのか?
そうだとしたら、結構まじめなそうなやつかもしれない
そんな雰囲気を感じる。
そいつは、自分の車体。ロスマンズのNSR50をなにかずっと触れていた。
仕方ない。やるしかないか。

235 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/14(土) 21:44:24 ID:isEfkTWz
>>233続き
TZRの方へ向かうが、特に準備することもないので、少し深呼吸を隠れてすることにする。
「おおおーいスタートこっちだからー、はやくつけー」
健治の声が聞こえる。
TZRをNのにいれ、おして、スタート地点へむかう。
もうそのときには、かなりの緊張が自分の体の中を走り回っていた。
スタート地点につく。横には、健治とチームのやつらがヘルメットをかぶりながら、じっと見ている。
隣のやつとヘルメット同士で話をしてるやつもいる。はずせよとつっこみたくなる。
だがそんなことはどうでもいい。
ああ、緊張してきた。なんか集中できない。じわじわとくる久しぶりのこの焦り具合。
ここまできてまだ自分がなにか、踏ん切りがついてない感じがする。


236 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/14(土) 21:46:02 ID:isEfkTWz
それもそうだ。この勝負危険すぎる。
封鎖もしていないこの一般道で、レースなんておかしすぎる。
まして、駅までの交通量の多い道を走るんだから、気が狂うほどやばい。
そもそもこの勝負に勝機は俺にあるのか・・。
そのとき、不意に肩を誰かにたたかれた。
なぜかそこには今から戦う敵ライダーいた。
そして、ヘルメットごしだが、綺麗な張りのある声で言う。
「俺の名前は、由井生斗(ゆいいくと)、よろしく。」
いきなりの自己紹介に驚いたので
「・・あっ、よろしく。」
とだけしか言えなかった。
しかし、生斗は、すぐにNSR50に乗り、キックをし、エンジンをかける。
そしてこちらを向いて、
「死ぬなよ。」
とだけ言った。
「・・・・・。」
ああ、死なないね。
死ぬわけがないだろ。
一瞬、気がすうっと楽になってくのがわかる。
この少ない会話を鍵に体の重荷がどさどさと地面に落ちるように。
そして、冷たいだけの気持ち。いつもの冷静すぎる自分に戻っていく。
ヘルメットをかぶる。
思いっきりキックする。
「きゅるるる・・ギュウいいイー−ンッテッテ」
低音の入った2スト音がする。
目の前の信号が赤
青と同時にスタートとなるので待つ
そして、頭の中で高速にルートを思い出す

237 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/14(土) 22:07:52 ID:isEfkTWz
まず、ここからの駅までの道をたどると、
信号は6以上ある。距離して5キロくらいだろうか。
このスタートとなる国道とつながってる平地1kmの直線走り、
そこから小さな下り坂を降り、右に曲がる。
そしてここから3車線となり道路も広くなる。
小さな上り坂を上がり、直線の後に、大きく湾曲したコーナーがひとつある。
そのコーナーを曲がったあとには、海浜大橋という大きな上り坂がある。
ここは急斜面でさらに、距離が長い。
橋の中心までいくと、そこから今度は、長いくだり坂が続く。
そしてそのまままっすぐいき、その次の信号を右に曲がると駅のロータリーの
中へ、つまりゴールだ。
比較的、上り坂と直線が多い。フルサイズのトルクのないTZRは不利なかんじがする。
しかし、まだわからない。
ふと、隣をみる。生斗はスロットルを開け、いつでも発進できそうである。
こいつの腕次第でもある。
お世辞にも自分にライテクが、あるとも言えない。
ただオレにできるのは、このTZRで、生斗よりも
早く駅までたどりつけばいい
そう言い聞かせた。


そのとき、信号は瞬きの差で、青色に変わった。




(以下何者かにより省略されました。表示させる場合はじゃっかるじゃっかると書き込んで
ください)

258 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/18(水) 16:01:02 ID:hpJFkVYU
>>237続き

「ギュルルル!!ッテテェッテエエエエエ!!」
2頭の鉄の馬が吠える。
ほぼ同時に、スロットルが開かれたようだ。
さっきまで思考がなされていた頭脳が完全にいまは真っ白となる。
と同時に時間が何十倍にも引き伸ばされたように、ゆっくりゆっくりと1秒間がすぎていく
のを感じる。
生きてる証拠、心臓音だけが響く。

ここからはじまるのだ。


「ッテテェ!ッテッテ−−−ン」

「ギュウイイ−ン!ッテッテン!」

まずい!スロットルを開けすぎた!
TZRは、いままでにないような高さでフロントアップする。
「くっ・・」
力ずくでねじ伏せる。思わず声が漏れる。
その瞬間だった。なにかの物体が目の前を通り過ぎる。
生斗だ。
「ッテッテェー−−ンッテッテーン」
ものすごい速さでシフトアップをし、加速をしていく。
さすがNSR50だ。トップスピードも加速ももはや原付ではない。
まさかこいつのはNSR80のエンジンを積んでるのでは・・。
いやただ今は、フルスロットルで、TZRを加速させ追いかけるだけだ。

259 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/18(水) 16:01:35 ID:hpJFkVYU
「ギュウイイイーーーン!ッテッテー」
2台のバイクが一般車とまぎれてどこかへ疾走する。
目的地は決まっている。
NSRとは20mくらい差だろうか。俺はその後ろ姿を睨みつづけた。
ふと、先をみると、輸送トラックが車線をふさぎながら走る。
あれくらいの大きさならすり抜けもできない。
一時追いつけるか。
しかし、生斗は、右の対向車線につっこむと、そのトラックを抜かしまた車線にもどる。
まさか・・ここまでするとは、、
そうだ、さいしょからこの戦いは狂ってる。
「ギュルルルルルルルイイィン!」
右にハンドルを傾け、真ん中の白線を踏んで走る。
そうだ、さいしょからこの戦いは・・
TZRを雄叫びをあげ、そのまま、車線の間を高速で直線を走る。
ここなら、かなり危険だがいちいち前の車もかわす必要もない。
対向車からクラクションをたくさん頂く。
生斗の白煙を出すNSRがどんどんと間近にせまる。
そして、一瞬NSRと並ぶと、すぐNSRはミラー越しの姿となり小さくなってしまった
あいつ、こんなものなのか・・・
ふとみるとメーターは140キロをさしていた。
「・・オレが速くなったのか・・・」


260 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/18(水) 16:03:42 ID:hpJFkVYU
スピードは衰えることなく、直進する。
ミラー越しからはっきり、生斗はみえていた。
その姿は、なにかを狙っているように見える。
ただもう距離が開きすぎている。
もうすでに、レースは後半にきてると言っても過言ではない。
「ッテーッテ-ッテーーッテー」
このストレートの後、湾曲コーナーで、海浜大橋を渡れば終わりだ。
「ギュイイン、ッテッテーーッテッテー」
そろそろコーナーに入るので、急いで減速する。
そのときだった。
「ギュルルゥゥウルッルゥ!!ッテッテーーー」
ものすごい速さでコーナーに進入する一台。
そしてそのスピードにTZRはあっけなく後退した。
生斗だ。車体は大きく左に傾き、アウトにも大きく膨らんだが、
そのスピードで、このコーナーを曲がりきれそうだ。
唖然をとられると同時に、怒りがこみ上げてくる。
「・・っく、くそっおおお!!!」
血が頭にさかのぼり熱く感じる。こんな終盤で、オレは、なにやってんだ。
「ギュルルルイイインン」
海浜大橋の上り坂に入る。
フルスロットルで、つっこむ。
「ギュイインッテッテッテーーー!!」
「ちくしょうおお!!おゥゥ!!!」
TZRと俺は叫びつづける。だが、感情とは裏腹にNSRとの差は、離れていく一方だった。
これが、生斗の目的だったのか。トルクのないTZRは海浜大橋の上り坂で必ず失速する。
コーナーに入る時点でこの勝負は決まっていたことなのか。
「・・・くそっ、・・ハアハア・・」
息が荒いせいか、シールドが真っ白に曇りだした。
視界が見えづらい。
マタオレハ”チュウトハンパ”デオワルノカ?
脳裏に浮かぶのは、辛いことだけを切り取ったフィルムだった。
体が地についてくる感覚。TZRの走行する音だけが聞こえる。

261 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/18(水) 16:04:33 ID:hpJFkVYU
シールドの曇りが晴れると
青白い世界が広がっていた
「また、ここか・・」
紫色の液体が足にまとわりつく。
まわりを見渡すと、すすきが風とともに流れる。
冷たい風だ。頬を伝う。夕暮れのような、だけど青はまた一層濃くなる。
このまま暗く、夜になってしまんだろうか。
なにか鳴いてる声がする。虫のような小さく遠くから聞こえる。
どこからか、聞こえる声は聞いたことあるけど・・
はっとする。
自分の声だった。なにかしゃべってる。でも聞き取れない。
近づこうと一歩踏み出すと、ドロドロと沈む体。
なんだこれは。
足が離れてない。ゆっくりと沈む体。
ダメだ。死んじゃう。
下半身はもうすでに沈んで、頭ももうドロドロと。
助けて、でもなぜか声が出ない。
顔が沈んでいく。すべて沈んでいく。そのとき、手がボコボコと俺の腕を強くつかむ。
「」





「!!!!」


「ギュイイイイイイインッテッテーーー」

シールドが晴れると、見えた世界は、海をバックに映す綺麗な夕焼けだった。

262 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/18(水) 16:05:38 ID:hpJFkVYU
「犯罪者プロファイル」
あるページに書かれた活字。
「犯罪者にしか見えないビジョンがある。」
いいだろう、俺はただ・・。

海浜大橋のちょうどてっぺんまでたどり着く。
ここからは下りだ。TZRはすでに、常にフルスロットル。
もう、俺には、何も、得るものも失うものもない。
「ギュルルルルルルルル!!ッテッテー!!!」
重力が加わったTZRは、ぐんぐんと加速をする。
MAXスピード167キロ。
生斗を手でつかめるくらいまで、背後までとらえる。
生斗が振り向く。もう遅い。
その瞬間並ぶと、車体は悲鳴をあげながら、NSRを後方へと追いやった。
そして、橋を渡りきり駅へつっこむ。
わかってる、確実にオーバースピード。
徐序にブレ-キングをしてるひまはない。
フロントとリアを急いでフルブレーキする。
「ギュイイイン!!ガッッ!ギギギギッ!いてっ」
その瞬間、TZRはゴールの駅のロータリーの真ん中で、
ジャックナイフをし、俺を前方へ投げ飛ばした。



263 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/18(水) 16:06:28 ID:hpJFkVYU
ヘルメットから落ちたようだ。軽く、頭痛がするが、
問題ない。
「俺は、階川祐樹、、うん大丈夫」
軽く自分でテストをしてみる。
あお向けになって、空が見える。夕暮れ時の空だ。
ヘルメットを脱ぎ投げ飛ばす。
「・・・ふゥ・・・・」
脱力感に包まれる。
風が流れる。生ぬるい風だ。
道路が、熱を持っていて暑い。
でもこうしていたい。
ふとTZRのエンジンの刻印が目に入る。
ふっ・・そうゆうことか・・
TZRのエンジンTZR125のエンジンのものだった。
少し笑みがこぼれる。
「ッテッテエーン」
バイクが近づいてくる。NSR。生斗だ。
生斗は、ヘルメットを脱ぐと
「大丈夫か!」とやけに、驚いて近寄る。
はじめてみた生斗の顔はやはり思ったとおり、さわやかなかっこいいやつだった。
「ああ・・大丈夫だ」
ゆっくり起き上がると、TZRをおして、歩道の中に入った。
「負けた、俺の負けだ」
生斗ははっきり目をみて言った。
それを聞いたとき、はじめて自分が勝ったんだと実感する。
「そうだ・・俺は勝ったんだ・・」
そのあっけない顔をしたオレを見て、生斗は子供のような声で笑った。

264 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/18(水) 16:13:29 ID:hpJFkVYU
そのとき、バイク集団が近づいてくる。
健治達だ。
すごい勢いで、健治がヘルメットを脱ぐと
「どう?どっち勝ったどっち勝った!!?」
と目を光らせながら言うと
「オレ、負けたわ」
と、生斗は明るく健治に告げた。
それを聞いた健治は、一回きょとんとした顔を見せると
「へっ、まじかよーじょうだんきついわーーっはっはは」
とオーバーに笑いはじめた。
「まさかなあ、いくちゃんが負けるなんてーショックー」
「ごめん」
と生斗は終始笑いながら、健治に謝る。
そして、健治は、話を急に切り替えた。
「で?オレになにをしてほしいわけ?」
と笑いながらも鋭く言った。
答えは決まっている。
「美夏はもう関係ないから、関わるのをやめてほしいんだ。一応さ、友達だし。けっこう仲良い
んだよ」
健治は、少し驚きながらも
「そんなんでいいの?おまえもっとオレに隠してほしいこととかあんじゃねえの?母親の・・」
「別にいいんだ」
話を遮って答える。
これでいいんだ。
「りょーかい、りょーかい」
と健治はまたにやりと笑いながら、軽く受け流した。

265 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/18(水) 16:14:08 ID:hpJFkVYU
そして、なにかみんなに合図すると、エンジンをかけ、発進していった。
生斗も、エンジンかけると、軽く手をあげて、走っていった。
そして健治だけ残る。
健治は、ヘルメットをかぶると、前を思い出すかのように話し始める
「おまえさあー、前からむかついてたんだよねー、なんか態度がさあー気にくわないっつーの?よくわ

かんねーけど」
おとなしく聞くことにする。
「でもさーやっぱおまえには、なんか、かなわねーっつうか。まあいいんだけどさ。じゃ」
「・・おう、じゃあな」
健治もエンジンをかけようとしたとき、急に思い出したように、
「ああ、そういえば、向坂みゆだっけ?なんかさあ、このまえ、なんかたまたま会ったんだけど
そのときさ、しきりにおまえのこと聞いてくるからさ、おまえのこと話しちゃったんだ。」
「みゆが・・?」
ああ、そうゆうことか。だからみゆは知ってたのか。
「ごめんな、なんかおまえの彼女かなと思って、あんましつこいから言っちゃったんだけど」
「ああ、別にいいよ・・」
「そうか?ならいいけど、んじゃあまたな」

「ギュイイインッテッテーー」

健治のNSRを見送って、俺は立ちつくした。
みゆ・・・
あれから、ずっと会ってない・・。
みゆが頭からずっと離れない。
俺は・・。

289 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/22(日) 20:24:38 ID:vQTyD++o
>>265続き

――――ただいま、ぼくの今、日常。
玄関にキーとヘルメットを静かに置く。
またここに戻ってきた。
「・・・はあ」
重みのあるため息が体から抜ける
安堵の気持ちとなぜか不安な気持ちが入り混じる。
だってそうだ。ここは自分の家だけど、決定的になにかがいつも足りないから。
だから、僕はいつもそれを求めている。

しかしさっきまでのあの危険な公道レースをしていなかったような、やけに心は落ち着いていた。
嵐が過ぎた後の、あのうっとおしいほどの晴ればれとした天気のような。

部屋で、ベッドにうずくまる。
家に帰ってから、みゆのことでずっといっぱいだった。
自分の秘密、いや真実を知ってる数少ない人間なのだ。
そして、知ったものは、誰でも僕を避け、軽蔑の目で僕を見つづけるのだ。
僕は、これをずっと、離れずに背負っていくしかない。仕方がないことだ。
でもみゆはちがう。ちがう気がする。
いやそうであってほしい。だってみゆは。
テーブルに置いてあった携帯をとる。
アドレス帳を開いて、「向坂みゆ」にあわせる。
いや待てよ。電話をするのか?オレ?考えてみると、まず何を話せばいいかわからない。
ここはメールにしよう。でもなんて送ればいい?
「この前はごめん」いやなにかこの言葉は軽すぎる。
「いまどうしてる?」送れそうな気がするが、正直間が抜けてるし、その後の展開が思いつかない。
もうダメだと思ったそのとき、ガラステーブルに置いてあったチラシが小さな光をさした。
そうだ、ちかくの公園でやる、祭りに誘おう。
すごく自然だし、この前の話も切り出しやすい
これでいこう。メールの本文入力しようとしたとき

290 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/22(日) 20:25:23 ID:vQTyD++o
「チャララーン」
新着メール1件。
「誰だよ、こうゆうときにまったく・・」
送り主は・・向坂みゆ!!?
急いで、開いてみる。
「本文:今度、お祭りちかくでやるでしょ?よかったら一緒にいかない・・?」

「・・・ん?」
驚きを隠せない。
なんということだ。まさかみゆの方から送ってくるなんて・・。
とにかく信じられない気持ちでいっぱいだったが、もはや選択なんて言葉はない。
「本文:いいよ。待ち合わせは駅前でいいよね?」
すぐに返信するのもなんか嫌なので、5分たってからメールをした。
その後、たったひとりで、ベッドの上を転がりまわり、枕を振り回しながら
子供のようにはしゃいだ。
はしゃぎたいほど嬉しかった。
だって、だってみゆはまだ。
少し息があがる。

部屋の中で深呼吸をした。
でも、これからみゆに話すこと。みゆはきいてくれるだろうか。
でもみゆには話したい。みゆはどこまで知ってるかわからないけど。
あのことを知ってもなお、みゆは俺にメールをくれた。
ただそれだけで嬉しかった。


窓から見えた空は、夜にも関わらず、このずっと上の雲まではっきり見える
ほど澄んでいた。


お祭りまであと数日だ。

311 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/31(火) 22:01:06 ID:YiV0dflG
ただいま5時半。
鏡の前で神妙な面持ちの自分の顔が映し出される。
髪の毛のセットも完璧だ。なんせ1時間もかけた。
まあ、ヘルメットをかぶったら終わりだが。いや今日は、自転車で行こう。
ちょっと緊張してきた。待ち合わせは6時だ。
まだ早いけど行こうか。
・・今日は、重要なことだらけだし、少し練習でもしようか。
そんなことが頭をよぎったとき、なんの練習をするんだと、鏡の前で自分の顔が苦笑した。
なんか家の中にもいてもそわそわするし、よし出かけるか。
コンバースのキャンパスシューズを丁寧に紐を結んで履く。
そして、鏡でさらに最終チェック。
うん、大丈夫だ。行こう。
玄関のドアを勢いよく開けると、夏の夕方の香りがした。
そして、オレンジに染まる空が広がる。
胸いっぱいに深呼吸する。
「・・・ふうう、」
気分もすっきりだ。
駐車場に行こうと歩きかけたそのとき、
浴衣姿の女の子がひょこっと家のインターホンの前にいるのが見えている。
少し目を細めて、じーっと見つめる
どこかで見たような・・
「・・・・・みゆ!?」
びくっと体が動く女の子はこちらに振り向くと、ひどく焦ってうつむき顔を赤らめた。
やっぱりみゆだ。
なんで?なんでうちに?

312 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/31(火) 22:02:13 ID:YiV0dflG
頭が混乱した。手に汗を握る。
何か言わなきゃ。
俺も焦って緊張してるのか、必死で言葉を探しなんとか一言捻り出した。
「待ち合わせは駅前だったはずじゃ・・」
少し、時間が流れる。
そして、みゆは、顔を上げて口を開いた。

「・・あのっ、なんてゆうんだろ・・ちょっと・・気になって・・」

「ふ・・うん・・・・・いつから・・きてた?・・」

「・・うんと、5時半くらいから・・」

「・・・・そう。」

「そう」じゃないだろ俺。何度も心の中で自分を殴りつける。
みゆはきっと心配してうちの前まできてくれたんだ。
あんなことがあったから。

313 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/10/31(火) 22:03:04 ID:YiV0dflG
考えている最中にみゆを見つめると、浴衣姿だったってことに改めて気づく。
初めてみる、みゆの浴衣姿。
青い色の浴衣がとても涼しげで、後ろの髪の毛をまとめていて、とても女の子らしいというか
ちょっと、うなじがちらちらと見えそうで、ドキドキしてしまう。
足元だって、生足だし。あーやばい。
じろじろとみゆを見つめていると、みゆはその視線に気づいて居心地悪そうに、視線をそらして
また赤くなりながら、うつむいて小さな声で独り言を言う。
「・・・・・あんまり見ないでよ・・。」
本人は独り言だったつもりなのか、だがしっかり聞こえていた。
みゆがすごく愛らしく自分の目に映る。
待ってそんなことより俺はみゆに言わなきゃならないことがあるんだ。
落ち着けよ俺。言うことはもう決まってるはずだ。
何度か言葉を飲み込んで、俺は話そうと口を開く。
「みゆも・・知ってると思うけど・・おれ・・」
喉がつっかかってうまく話すことができない。
「人を・・」
「もういいの・・」
みゆは、オレの言葉をさえぎって、静かに言った。
「でも・・・」
「もういいよ・・いいの・・・」
今度は目を向けて、強くオレを見つめたみゆがいた。
その目は、夕暮れ時の光が反射して、とても澄んでいて、なにか吸い込まれるほど
純粋な目をしていた。
ただ、自分は、その目をずっと見ていた。
そして、泣きたくなるほど、心がぐらついてくる。
なぜだろう。僕は、魂が地に着いたように、ひどく安心した。
いや安らぎに近いような、満ち足りた気持ちになった。
その瞬間、みゆの手を勢いよく引いて、唇を重ねる自分がいた。


321 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/11/03(金) 03:03:15 ID:cP8QBere
自分でも驚くほどだった。
みゆがほしかった。それだけが脳裏の中で文字として映写機に映し出される。
ただ、ただ、みゆを無我夢中に求めた。
最初、そっとみゆの口の中に、舌をいれてみると、びくっと体が動き、硬直したようになっていたが、

今は、俺のされるがままになっていた。
みゆの中はとても甘く感じる。
「っん・・」
とみゆが声を漏らす。きっと嫌ではないのだろうか。
それに、さっきからみゆも少し遠慮をしながらも、舌を入れてくるのを感じる。
みゆは俺の服をぎゅっと強くつかんで、一生懸命されるがままでそして答えてくれる。
そんなみゆが、とてもとても愛らしくて、一度、唇を離すと、ぎゅっううとみゆを抱きしめた。
「・・くるし・・い・・」
小さな声が聞こえる。一度、体を離してやると、長くキスしていたせいか、
近くで見るみゆの目は、とろとろしていて、上目づかいで、火照ったように顔が赤くなっている。
「・・ふぅふぅふぅ・・」
というみゆの荒い息づかいが聞こえてくる、そんなしぐさに、きゅんときてしまって
またわざとキスをさせる。
1分間、存分にみゆを味わうと、ゆっくり糸ひいて口を離す
みゆは、さっきよりも、息づかいが荒く
「・・はぁはぁはぁ・・」
と体を揺らす。その姿をみて、ついははっと笑ってしまって
みゆは、口をむっとして
「・・・・ばか。」
とだけ、うつむきながら、口ずさんだ。
ふうとひとつため息をつくと
うつむいてるみゆの顔を、髪をなでて、くいっと頭を無理やり上に向かせると
「なっ?いいだろ?」
と、ささやいた。
みゆは
「・・へっ?」
と顔したが、みゆの手をにぎり、家の中へ走ってひっぱり入れさせた。

322 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/11/03(金) 03:04:31 ID:cP8QBere
2階に上って、部屋まで行く最中、みゆは
「え・・ちょと、ちょっと待って・・」
と何度も繰り返しながら言ったが、手をひっぱられて、ついに部屋までついてしまった。
バタン
ドアが閉まり、沈黙が包む。
今度は、オレが息が荒い。
みゆはまだ
「ね、ちょっちょっ・と・待っ・・」
そしてその瞬間、自分で自分が抑えられない寸前だった。
みゆの口を口でふさぐと、長く優しく甘く味わった。
離すと、みゆはまたふわふわと頭を少し揺らしていて、ぽーっとしている。
顔をちかづけて素直に言う
「・・・みゆがすごくほしいんだよ・・お願いだ」
と耳元でささやくと、
とろとろな目で、みゆは小さくうなづいた。
その合図をきいた途端、ベットにみゆを押し倒す。
みゆは少し驚いた素振りを見せたが、その上にのっかっると
しゅんとおとなしく目をつぶった。はだけている浴衣を脱がしいる最中、みゆの手がやけに
震えているのに気づく。はじめて気づく。怖がっているんだ。
みゆの髪をなでる。ゆっくりと目を開けるみゆ。
そしていままでで一番長く甘く濃厚なキスをする。
みゆは、体を一瞬くねらせると、みゆの方から抱きしめるよう求めてくる。
「・・優しくするよ・・」
そう、みゆに言うと、うなづいて、いつのまにか、みゆの震えは無くなっていた。
手をにぎりながら、もう一度みゆにキスをすると、みゆはゆっくりまた目をつぶった。

323 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/11/03(金) 03:05:17 ID:cP8QBere
ヒュ−−−・・・ドー−−ン・・・ヒュ−−・・・・ドーン

時間差で聞こえる爆発音。華やかなだけどむなしくも感じるこの音。花火だ。
時間は9時半。今日、近くでやるお祭りのメインイベントである打ち上げ花火。
この部屋でシングルベッドに、二人で寄り添って、その音を静かに聞いている。
何も話そうとせずにただその音に聞き入って。

沈黙をやぶったのはみゆだった
「花火・・みれなかったね・・」
「ああ・・・でもこのベランダからでも多分見えると思う・・見る?」
「・・うん、じゃあパンツとって・・」
「やだ」
「裸でベランダに行けっていうの?」
「誰もみてないって」
「・・・・。」
沈黙が続く。布団にもぞもぞとうずくまって、電気を消す。
「もう寝ていい・・?」
とみゆに聞くと
みゆは、答えずに静まり返る。
「・・ねえ?」
もう一度聞き返すと、みゆは暗闇の中でぼそっとつぶやいた。

324 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/11/03(金) 03:06:11 ID:cP8QBere
「キミ・・ここひとりで住んでるの?」
「ううん、お父さんがいるけど、あまり帰ってこないんだ・・」
「そう・・・広いねひとりじゃ・・」
「うん、まあ・・」
「・・寂しくない?」
「・・・・・うん、まあ」

静かにときは流れる。
みゆは言う。


「あたしで・・その・・あなたの心が少しでも満ちてくれるなら・・いつでもあたしを・・いいから」

その言葉を聞いたとき、すべての神経に衝撃が走った。
今までにないほどの衝撃が。
それと同時に、忘れていた言葉や、今まで表すことのできなかった感情があふれてくる。
もうおさえられないほどの。
僕は、みゆの胸の中で、泣いた。えんえんと泣きつづけた。生まれた子供のように泣いた。
いや僕はここから生まれたのかもしれない。
みゆは、そんな僕を、すべてを悟ったように、
「辛かったよね・・」とそれだけいって微笑んで撫で続けてくれた。
それがひどくうれしくて、僕は流した涙でずっと乾いていたコップに水を注ぐように
とても満ち足りた気分になった。
これほどの満たされた安心感は、ずっと前から味わっていなかった。
僕は、ずっとおびえていたから。僕はずっとひとりだったから。
ひとりを望んでいたはずなのに、僕を、それが一番苦しめていたから。

その夜は、みゆの胸の中で、二度と起きないほどの深い眠りについた。


326 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/11/03(金) 03:08:18 ID:cP8QBere
ただいま、うっすら目を開く。
うん、明るい日差し。
今日は快晴たぶんきっとうん。
・・・何時だろ。
時計に目をあけると、9時08分。
「んーーーーっ」
あくびと伸びをすると、ちょっとぼーっとする。
「・・・・」
昨日は確か、、、
「みゆ!!」
はっとして、気づく。しかし部屋には、どこにも姿はない。
帰ったんだろうか。
ドタ、カタン、カタン
「ん?・・」
1階から物音が聞こえる。まさか父さんが帰ってきたのかな。

327 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/11/03(金) 03:10:31 ID:cP8QBere
ゆっくりトランクスだけはいて、1階へ降りると
タン、タン、タン
キッチンからだ。そろりと、覗いてみると、みゆの後ろ姿がそこにはあった。
そっと近づいて、
「わっ!」とおどかすと案の定、みゆはびくっと動いた。
そしてこっちへ振り向くと、
「脅かさないでよー」
いつものむっとした顔で言う。
「・・なにしてるの?」
「え、ああ料理してるの、すごいでしょ?あっ勝手に借りてごめんね」
「それは見ればわかるけど・・」
「・・キミさ、せっかく作ってあげてるのになにそれー」
「なんで作ってるの?なんか食べたいなら買ってくるけど?」
「キミさいつも買って食べてるでしょ?体に悪いよお、そうゆうの」
少し軽蔑的な目でみるみゆ
「いや・・だって作れないし・・」
「だからさ、作ってあげるよ。いつでもさ、そっちのがいいでしょ?ね?」
「・・住むってこと?」
一瞬みゆといっしょにここで暮らすのを想像する。

328 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/11/03(金) 03:11:07 ID:cP8QBere
うん、悪くない。
でもみゆは、
「住むことはできないかもしれないけど・・、学校終わったら毎日来てあげるし
・・お泊りもたまにならいいよ・」
「泊まんなくていいし・・」
ちょっと強がってみると
「ええ〜昨日、あたしの胸で泣いたのだれでしょー?」
とみゆが、めずらしくちゃかす。
なんか恥ずかしくなって、
「オレ、ちょっと出かけてくる!から!」
と言い、飛び出そうとすると
みゆが、
「あっ、ちょっと待って、カレー粉がないから買ってきてっ。カレー作るのにないの。」
「それは大変!コンビ二で買ってくる!」
と大げさに言うと、みゆはくすっと笑って
「はやく帰ってきてね、」
「おう」と笑って答えると、キーとヘルメットとMDウォークマンをもって玄関をとびだした。

329 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/11/03(金) 03:11:56 ID:cP8QBere
ドアを開けた瞬間広がる光と公園の木々。
まばゆい世界にとびだしたってかんじだ。
駐車場で、たたずむTZR。
鈍い光を放ち、なにか感情があるようにみえる。
MDウォークマンのヘッドフォンをつけて、その上からヘルメットをする。
音楽を聴きながら、走りたい気分なんだ。
再生ボタンを押すと流れてきたのは、聞き覚えのないメロディー。
リモコンには「音速ライン・風景描写」と出ている。
ああ、これは昔友達からMDを借りて、そのままだったやつだ。
この貸してくれた友達とは、とっつきにくい自分なのによく仲良くしてくれたものだ。
結局、2年になっていろいろあり、クラスも変わり、もうあまり話していないが。
機会があったら、2学期にでも声かけてみるか。

キックを、思いっきりおろすと、
「ギュルルイイン・・ッテッテ」
という好調なアイドリングだ。
そして、街のコンビ二まで飛び出した。

やっぱり風がきもちいい。これはバイクでしか感じることのできない特権だ。
走っていて、なぜか知らずに自分がたどった道を高速で振り返っていた。
記憶の断片が、つぎつぎと現れる。
小学校のときの運動会のお昼休みで母さんが用意してくれた大好きなものがたくさん入った
お弁当。中学2年のときの大会での競技のミスで、怒鳴られたこと。
中学校の間ずっと好きだった子に一度も告白もできずに終わったこと。
高校入試結果発表のとき、母さんが僕の第一志望に受かったと知ったとき、喜んだときの笑顔
病室の暗い匂い、明かり。最後に言った母さんの言葉。名前も知らない器具の数々。
父さんのやけに低い声。泣くのを必死におさえる音。響く廊下。
なにも見えない世界。あの世界。
光が見えたこと。みゆに出会ったこと。みゆの純粋な目。透き通る目。
みゆとひとつになれたこと。ただみゆがいてくれること。
それだけでいい。それだけでいいんだ。

330 :765 ◆0SlZK/3O7U :2006/11/03(金) 03:15:23 ID:cP8QBere
ギュイイイン。信号待ちで周りを見回すと、
休みだからか意外に車は9時過ぎなのに多かった。
信号がぱっと青に変わる。
それをみてはっとしたときクラッチがすべり
「ガックン」と振動とともにTZRは、エンジンが切れ、その振動で右にグラッと倒れてしまった。

こんな交差点で立ちゴケなんて・・・

「ふう・・はずかしいな・・」
とヘルメット越しでつぶやくと
車体を起き上がらせようと自然に対向車線へと入る。
「ピー−−−−−−−」
ふと前をみると、大きなタイヤが、数十センチのところにせまっていった
その直後、なにかものすごい衝撃と重くとんだ意識の中で僕は永遠の安らぎに満ちた瞬間
に直面したんだ。



MDウォークマンはトラック10を再生しはじめる。
その日の空は、文句のつけようがないほど、透き通っていて、青く、雲が
ゆっくりと流れる気持ちよい快晴だった。








「完」


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